ようこそ、ミヒャエル・ハネケの世界へ!映画『ハッピーエンド』を観てきました


ウディ・アレン、クリント・イーストウッド、ジョージ・ミラー・・・浮き沈みの激しい映画界で長年にわたってキャリアを築き、高齢に及んでもなお、全世界から新作を待望される「巨匠」たち。

そんな「おじいちゃん」監督たち(失礼な言い方ですが・・・)の中でも、その作風のユニークさ、「観客を甘やかさない」峻厳さで、今もなお余人を寄せ付けない高みを見せつけてくれるのが、ミヒャエル・ハネケ監督です。

御年76歳。 外見もアーティスティックでかっこいい。

ハネケ作品に触れたのは、友人が絶賛していた『隠された記憶』を観たのが最初でした。何の先入観もなく鑑賞したのですが、余計な感情を排した中立的な視点、謎めいた作劇術、巧みに人間の内面の闇を浮かび上がらせる手法、そしてドキュメンタリーを観ているようなリアリティを目の当たりにして完全に虜になってしまいました。

『隠された記憶』の劇中に、主人公の目の前でカミソリで首を切って使用人の男性が自殺してしまうシーンがあるのですが、そのシーンは今でも鮮明に覚えています。死体を目の前にして何もできずウロウロする主人公を淡々と撮影したその場面に、ものすごいリアリティを感じてしまったのです。そしてわかりやすい説明もなく、謎は謎のままで迎えるエンディング。映画でこんな体験をしたのは初めてだったので、とにかく驚きました。

その後、むさぼるように(といってもそんなに多作な監督ではないのですが)ハネケ作品に手を出していったのは言うまでもありません。

『ハッピーエンド』はどんな話?

新作『ハッピーエンド』は、一人の少女がスマホで母親の姿を撮影している場面から始まります。就寝前の母親の姿の行動を実況しながら撮影するという意味不明な行動にはじまり、続いてハムスターの姿を撮影しながら「エサにママのうつ病の薬を入れた」と語ります。やがてハムスターは目の前で絶命し・・・。この間、スクリーンに映るのはスマホの画面だけ。ミヒャエル・ハネケらしい、静かで不穏な雰囲気を醸しながら物語は始まります。

撮影者は、13歳の少女イブ。彼女の母親が長期入院することになり、イブは母と離婚した父トムの家庭に引き取られ、そこで生活することになります。トムは医者で、祖父のジョルジュ・ロランは建設会社の創設者。豪壮な家を持ち、暮らしぶりは豊かで、ブルジョアの上流家庭といった趣です。

しかし、ロラン家の人間たちはそれぞれが秘密を抱え、一家が集うテーブルには温かな団欒はありません。

父親のトマはチャットで他の女性と卑猥なやり取りを楽しみ、トマの姉であるアンヌはダメ息子ピエールの世話に手を焼き、トマの再婚相手であるアナイスは前妻の子であるイブに対して複雑な眼差しを投げかける・・・。以前からこの家庭に絶望していたのか、祖父のジョルジュは自殺未遂を起こし、それ以降も常に自死を考えています。

イブはこうした家庭の様子を第三者として観察していましたが、父親のチャットを覗き見て「また捨てられるのではないか」という恐怖を抱え、やはり自殺を考えるようになります。こうした「死の影」がイブとジョルジュを結びつけ、互いの孤独を持ち合うように交流するのですが、それがある選択にいたったところで映画は終わりを迎えます。

SNSが映し出す心の「闇」

『隠された記憶』や『ファニーゲーム』のビデオ撮影など、客観的な記録メディアを劇中に登場させるのはハネケ作品の特徴のひとつかもしれません。

本作でもスマホでの撮影シーンや、工事現場の崩落事故を定点モニターで目撃する場面が出てきますが、こうした「メディア越しに観察する」ような撮影手法は、ハネケ作品に頻出します。

ハネケ作品の撮影術で個人的に印象的なのは、「長回し」と「定点カメラ」、そして「撮影対象との距離」です。徹底的に対象から距離を置き、余計な意図を排した第三者的な視点で私たちはさまざまな出来事を「目撃」します。

『ハッピーエンド』でも、撮影距離が遠すぎて登場人物たちが何を言っているのかわからない場面がたびたび出てきます。聞こえるのは街の騒音だけ。しかし、遠くで人が殴られたりしているので、私たちの胸は不安におののきます。「一体何が起こっているんだ?」と。

また、スマホの投稿サイトやFacebookなど、いわゆるSNSが登場し、ドラマツルギーとして重要な役割を果たしていることも本作の特徴のひとつ。SNSが登場するのはハネケ作品では初めてですが、僕自身はまったく違和感を感じませんでした。つまり、ハネケ作品とSNSは、もともと親和性が高かったのではないかと。

あるインタビューで現代のSNSが人間に及ぼす影響について問われた時、ハネケ監督はこのように答えています。

「現実とSNSの乖離については、私が云々言うことではないと思います。メディアというのは中立的なものだからです。ビデオでも、携帯電話でも、パソコンでも、それが良いものになるか悪いものになるかは使い方次第です。鉛筆だってそうですよね。それで良い文章を書くか、悪い文章を書くかはその人次第ですから」

また、ハネケ監督は自身のことを「私は悲観主義者でもなく、楽観主義者でもない。現実主義者」と語っています。

思わず「どこまで意地が悪いんだ、このじじい!」と思う人もいるかもしれませんが(笑)、ハネケ監督は「中立的な」メディアで現実を映しているだけ。それを醜く歪んだものだと感じるのは、それだけ私たちの心が病んでいるということなのかもしれません。

それでも『ハッピーエンド』を見て欲しい

ラストシーンはやはり、イブがスマホの画面で撮影するシーンで幕を閉じます。

ここで、僕は考えてしまいました。彼女にとってSNSとは何なのだ?撮影するという行為は彼女にとって呪いなのか?救いなのか?と。

もちろん、ハネケ作品ですからわかりやすい答えなど与えてくれるはずはありません。

しかし、ハネケ自身が語っていた「現代のSNSは、昔のキリスト教会が持っていた役割を果たしている」という言葉には、なるほど、と色々感じさせられるところがありました。

つまり、どこかで「私を罰して欲しい」と願っているということでしょうか。

先日、『グレイテスト・ショーマン』を観て感動したばかりだったのですが、まったく作風の異なる本作を観て、「そうそう、やっぱりこれが映画だよなあ!」と心震えてしまいました。

「私は映画の取り扱い説明書を語るのは嫌いでね」と語るハネケ監督。解釈はすべて、私たちの想像に委ねられています。

「取り扱い説明書」付きの映画に慣れてしまった人には、全力でこう伝えたい。

「ようこそ、ミヒャエル・ハネケの世界へ!」と。

隠された記憶

公開日: 2006年4月29日 (東京都)

監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ

監督: ミヒャエル・ハネケ

映画脚本: ミヒャエル・ハネケ

編集: ネイディーン・ミューズ、 マイケル・ハディセック

受賞歴: カンヌ国際映画祭 監督賞、 ヨーロッパ映画賞 作品賞 他

ファニーゲーム

公開日: 2001年10月20日 (東京都)

監督: ミヒャエル・ハネケ

挿入歌: Bonehead

音楽: ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、 ジョン・ゾーン、 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、 ピエトロ・マスカーニ

受賞歴: Fantasporto International Fantasy Film Award

ハッピーエンド

初公開: 2017年6月25日 (ドイツ)

監督: ミヒャエル・ハネケ

製作: レ・フィルム・デュ・ローザンジュ

ノミネート: パルム・ドール、 カンヌ国際映画祭 女優賞、 さらに表示

言語: フランス語、 英語

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