偉大な王様が死んだあとは、何が残る?映画『ルイ14世の死』を観てきました!


個人的に、休日の過ごし方に迷ったら、まずチェックするのが渋谷のミニシアターのラインナップ。渋谷の駅前の混雑っぷりはさすがに辟易しますが(あと駅の構造がわからない)、渋谷はミニシアター好きには「外せない」土地柄でもあります。

で、フライヤーを見て気になっていたのがこの『ルイ14世の死』

監督は「ヌーヴェル・バーグの申し子」と名高いアルベルト・セラ。うーん、知らない監督だ。でも明朝体で大きく刻まれた「豪奢で陳腐な死」という宣伝文句が鮮烈で、どこか心惹かれるものがある。やっぱり宣伝って重要ですね。

あと、見逃せないのが右下の「ジャン=ピエール・レオ主演」の文字。実は先日、名画座で「大人はわかってくれない」を初めて鑑賞したばかりだったので、主役のアントワーヌ少年を演じた名優が出演しているというのは驚きでした。

かつての「若者の顔」を演じた俳優が、「陳腐な死」を迎える老人を演じる。こういう部分にも、本作の見逃せない要素があるのかもしれません。

ということで先週、渋谷の『シアター・イメージ・フォーラム』に足を運んで鑑賞してきました。

『ルイ14世の死』はどんな話?

本作で描かれているのは、「太陽王」と称えられたフランス国王、ルイ14世の最晩年。『ベルサイユのばら』を一通り読んだことのある僕にもすぐにはピンと来ませんでしたが、豪奢の限りを尽くし、あのヴェルサイユ宮殿を建造した王様ですね。

当時ヨーロッパで随一の国力を誇っていたフランスを指揮し、対外戦争によって国力を増強。しかしその拡大路線が祟り、衰退の末にフランスは革命への道を歩み出す・・・教科書的にルイ14世の業績を説明すればこうなりますが、しかし本作には、こうしたルイ14世の「歴史的側面」は一切登場しません。

本作で描くのは、ルイ14世という老人が迎える「死」。一個の肉体が病魔に蝕まれ、時間の経過とともに朽ちていく様子を淡々と映し出します。

現代的な感性で描かれた「偉人」の最期

壊疽にかかった左足が徐々にどす黒く変色していく様子。夜な夜な「水・・・水・・・」と喘ぐルイ14世の苦悶の表情。最後には食事をすることもかなわず、虚ろな目で宙を見つめるだけ・・・。

あえてドラマティックな歴史的な業績に触れることはなく、アルベルト監督はサン=シモン公の『回想録』と廷臣ダンジョーの『覚え書、別名ルイ14世宮廷日誌』をもとに、死にゆく王や廷臣たちの様子を綿密に、かつ仔細に描写します。

このあたりが、本作が「恐るべき現代性」でルイ14世の死を表現した、と評価されるゆえんでしょう。

正直、まるでリアル介護の現場を見ているようで、序盤はウトウトしかけていたことを白状します(笑)。しかし、日誌をもとに会話を再現しただけあって、自分の祖父を看取った時のような臨場感や親密さが感じられたし、時折思わず画面を夢中で凝視してしまうような魅力がこの映画にはあふれています。

王を取り巻く医師や側近、貴族たち

本作は冒頭の野外のシーンを除いて、全てが暗い室内で進行します。淀んだ死の気配に満ちた寝室ですが、そこには全盛期の業績を彷彿とさせる豪奢な装飾品であふれています。豪華な燭台や目もくらむような宝石の数々、壁にかけられた勇壮な肖像画・・・。しかし、そのどれもが死を目前にした肉体の前では、どこか滑稽で的外れなものに思えたのは僕だけでしょうか。

ルイ14世の食卓を貴族たちが取りかこみ、王がビスケットを口にしただけで「ブラボー!」と拍手喝采する、その陳腐さとバカバカしさ。

どう見ても怪しい、呪術師のようなニセ医者の持ってきた奇妙な飲み物を、疑いつつも王に飲ませてしまう宮廷医師たち(結果、病状が悪化してしまうことになる)。

こうした貴族社会の「滑稽さ」を、一定の距離感で描き出しているのも本作の特徴ですね。

ルイ14世という巨大な「謎」

しかし、そんな悲惨で滑稽な姿を晒しつつも、一時代を築いた偉人としての「謎」「神秘」を感じさせてくれるのもこの映画の面白みのひとつ。

ここは名優ジャン=ピエール・レオの醸し出す存在感、そして表現力による部分も大きいのかもしれません。

個人的に印象的だったのは、横たわるルイ14世が寝室の外から聞こえてくる豪壮な楽曲に無言で耳を傾けるシーン。時間にして1分ほどでしょうか、かなりの長回しでじっとルイ14世の表情を映し続けます(上の画像)。この時、王の胸に去来していたのは過去の栄光か、はたまた悔恨の感情か。特にセリフでのやりとりもないので、観客には何もわかりません。ですが、個人的には一番印象に残ったワンシーンでした。

また、ルイ14世が手紙を寝室で焼き捨てていく場面もよく覚えています。これもルイ14世の「謎」を際立たせるシーンといってよいでしょう。やはり、この場面についても特に説明はなく、私たちが焼き捨てた手紙の内容を知ることはありません。たぶん、後世に残すには都合の悪いことが書かれていたんだろうな、と想像するのみです。

アルベルト監督は、「陳腐な死」を仔細に描きつつも、やはり人間の持つ「神秘性」「威厳」といったものをきわめて大切に扱っているように思えます。

太陽王が迎えた「Banal」な死

アルベルト・セラ監督。写真は諏訪敦彦監督と対談した時のもの。

映画終了後は、なんと来日していたアルベルト・セラ監督のアフタートークを聞くことができました!全く予期していなかったけど、ミニシアターは時々こういう嬉しいハプニングがあるんだよねぇ。

「“国王の死”を悲劇的に描く単なる歴史ドラマではなく、“死”や“宮廷”の陳腐さを描きたかった」

と語る監督。

ちなみに、フランス語で「陳腐」はBanal。通訳の方はBanalに「陳腐」という訳語を当てていましたが、他に「平凡、ありきたりな」という意味もあるそうです。

数々の偉業をなした太陽王が迎えた、ありきたりの「Banal」な死。映画は王の死で終わらず、死後に解剖される場面まできっちりと描かれます。ひとつひとつの臓物を取り出し、「死因がわかったぞ」と納得する宮廷医師たち。

ルイ14世がなした最後の「偉業」が、こうして医学にささやかな貢献をすることだったというのは、なんとも皮肉な話ですね。

『ルイ14世の死』

公開日:2018年5月26日(土) 監督:アルベルト・セラ 出演:ジャン=ピエール・レオ、パトリック・ダスマサオ、マルク・スジーニ、イレーヌ・シルヴァーニ 配給:ムヴィオラ 原題:La Mort de Louis XIV

 Recent Posts: 
 Archive: 
 Category: 

東京都

© 2018 akbar.space  All Rights Reserved.