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運命は完全に決まっていて、完全に自由である。という仮説。

19 分前
読了時間: 5分

占い界、ひいてはインド占星術界隈でもよく耳にする言葉がある。

「人生における出来事の7割は運命、残り3割は自由意志」

というものだ。

だから鑑定で悪いことを言われても、努力で3割ぶんの運命は変えられるのだから気にするなという意味合いで持ち出されることが多い。


この言葉にある程度相談者を慰撫する働きがあるのはわかる。

しかし、僕はこの言葉が昔からいまいち腑に落ちていない。昔から当たり前のように唱えられている定説を「そういうもの」として流すことができない性分なのだが、特にこの言葉には違和感を覚えてしまう。


数年前に東京で行われたインド占星術セミナーの時(セミナーの後はちょっとした茶会が催されていた)、「7割は運命~」のフレーズについて清水先生にこの解釈は伝統的なものなのですか?と聞いたら「そうです」という返事が返ってきた。


実際にインド占星術でも何度も繰り返しホロスコープに現れるような兆候は「運命」、それほどでもないものは「自由意志で変えられる」領域だとされている。


こういう「運命か、自由意志か」みたいな話になると個人的に必ず思い出す言葉がある。



完全なる運命、完全なる自由



お前の生きる道はこれまでも


これから先も天によって


完璧に決まっていて


それが故に


完全に自由だ


(井上雄彦『バガボンド』29巻より)


こちらは井上雄彦さんの漫画『バガボンド』のあるシーン。

僕は20代からずっと『バガボンド』にハマっていて、あまりにも影響を受けすぎて一時期は本当に剣客になろうと思い、真剣に古武術を学んでいたこともある。

この言葉は29巻で沢庵和尚が宮本武蔵に語った「運命論」で、作中でも屈指の名シーンだと個人的には思っている。


そして、実はこの言葉の由来となったのは、武術研究家・甲野善紀氏の「運命は完全に決まっていて、同時に完全に自由」という言葉である。そのことは井上さんが甲野氏と発表した『武』という対談本の中で明かされている。



甲野氏はこの一見矛盾している命題について、量子力学を例にとって説明する。光や電気といった様々な物理現象が、粒子のような性質と波のような性質をあわせ持つという、有名な「粒子と波動の二重性」だ。


つまり、運命というものもそれと同じで、「決まっている」「決まっていない」どちらかに決めることはそもそも不可能なのではないかと。論理的には矛盾したものが同時に成り立っている、それがこの世界の実相なのだということである。


この考察に比べてみると、「運命の7割は~」の決まり文句はどうしても「軽く」感じられてしまう。なんというか、いかにも人間が頭の中で捻りだしたロジックだという気がしてしまうのだ。

では、運命の実相とはいかなるものなのだろうか?



息子の死を伏せられたアルジュナ


戦場を駆けるアルジュナとクリシュナ
戦場を駆けるアルジュナとクリシュナ

このことを考えるうえで影響を受けたのが、清水先生が紹介してくださった『バガヴァッド・ギーター』の説話である。


すでに読んだ方、おおまかなあらすじを知っている方も多いとは思うが、『バガヴァッド・ギーター』は大戦争マハー・バーラタの渦中、パーンダヴァ軍の王子アルジュナと、彼の導き手であり御者を務めているクリシュナとの間に織り成される二人の対話という形をとったヴェーダの聖典である。


敵方に恩師や家族がいるため戦いに赴くことを逡巡するアルジュナにクリシュナは過去・現在・未来を見渡す力を与え、戦いの末にアルジュナが勝利し、この地に平和をもたらすことを確信させる。そして「迷いを捨てて戦え、アルジュナ」と戦地へ送り出すのである。


しかし不幸なことに、13日目にアルジュナの息子アビマニュは敵将ドローナの策にかかって戦死してしまう。アルジュナは息子の死を知り、深く嘆き悲しむ。ここで肝心なことは、クリシュナがアルジュナに見せた未来のヴィジョンの中にアビマニュの死の予兆はなかったということだ。


なぜか?

クリシュナがそれを意図的に伏せたからだ。


もし戦いの前にアルジュナが息子の死を知ったならば、彼は悲嘆に暮れ、戦いに赴くことができなかったかもしれない。


僕はこの説話を聞いた時、「残り3割」はこれなのかもしれないと思った。つまり、われわれの運命は神によってすべて定められている。しかし、そこには「隠された領域」がある。どんなにわれわれが知ろうと望んでも、たとえ占星術を使っても、人間には決して覗くことのできない領域が。


それは、おそらく神の慈悲でもあるのだろう。すべてを知って人間が生きる希望や活力を失わないようにと。


つまり、現在の僕の仮説としては「人生の7割は運命、残り3割も運命。しかしその3割は隠されている」ということになるだろう。しかしそれも運命の片側の側面でしかない。


まあこればかりはわからないが、このあたりが自分にとってインド占星術を学ぶ強い動機になっているのは間違いなさそうだ。


では、その隅々まで定められた運命における「自由」とは何か?

個人的に最も胸が熱くなるのがこのテーマだ。


ひとまず、今回はここまで。こういうことにどれくらい興味を持っている人がいるのかわからないが、また気が向いたら記事にしてみたいと思う。


※本記事は2021年に公開された記事を加筆修正し、再掲したものです。


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